皆さん、大変ご無沙汰しました
約一ヶ月ぶりの日記になります
今日はこの一ヶ月の間の出来事をお話しておこうと思います。
一月の終わりにもっちーの実家から
お義母さんの体調が悪くなったとの連絡があり
私達は仕事や荷物もそのままに急いで東京へと帰りました
お義母さんは昨年から体調を崩していましたが
この冬は元気を取り戻し お家で過ごしていたので
突然の知らせに私達はとても驚きました
病院へ行ってみるとお義母さんは意識ははっきりしているものの 食べ物がうまく飲み込めないため点滴と酸素を付けていて いつもの元気な笑顔はありませんでした
私は病院の許可を頂き病室に付き添う事を許されましたが 病院での夜は重苦しくとても長い長い夜でした。
病院で10日目、お義母さんと家族の希望が叶い お義母さんは家へ戻り在宅看護が出来るようになりみんなうれしい気持ちでいっぱいでした
家に帰ると、少しづつですが元気を取り戻して
好きな黒蜜やあんこを凍らせてしっかりと口に入れるようになりました
親戚の方、お義母さんの兄弟がお見舞いに来てくださったり もっちーの弟さん家族も毎晩子供達を連れて 元気な孫の声をお母さんに聞かせてくれていました
そのお陰でお義母さんの回復ぶりには先生や看護師のみなさんも驚き こういうのを「お家マジックって言うんですよ」と 教えられました。
このまま回復に向かうとだれもが願っていました
しかし、悲しいことにまた体調が悪い時間が増えてゆき
家に帰って17日目
お義母さんは静かに天国へと旅立って逝きました
この間、家族はもちろん お義母さんの兄弟 親戚 お友達や、在宅の先生、夜中に何度も駆けつけてくてた看護師の方など、人は本当に最後の最後まで人に支えられて生きているんだと感じました
温かくってだれにでも優しい太陽のような大きな存在のお義母さんでした
どこか行くこと 見ること 食べること 人と話すこと 何にでも興味を持ち楽しむことが出来るお義母さんでした
私達は沢山の、ほんとうに沢山のお花と
言葉では言い尽くせない程の感謝の気持ちを込めてお義母さんを見送りました
今はまだ ぽっかりと心に空いた穴が大きすぎて
どうしょうもない時間を過ごしていますが
私が元気がない時、お義母さんは「泣いても一日、笑っても一日、どうせ同じ一日なら笑って過ごしなさい」と、言ってくれた言葉を思い出しています
長い話になって申し分けありません
こういう話を日記に書くべきか悩みましたが
お義母さんの言葉を思い出しながら
4月にはまた笑顔でみんなに会えるように
話しておこうと思いました。
そしてまた、これからも私達はお義母さんも大好きだった亜細亜民芸屋を歩いて行きます